塩田康一の経歴は?出身高校はラサール&東大卒の高学歴エリートだった!

  • 2020年7月15日
  • 2020年7月17日
  • 人物

鹿児島の新しい知事に当選した塩田康一。塩田康一氏の出身校と経歴を調査!

塩田康一氏は名門ラサール中学に入学し、東大法学部を卒業した超高学歴!出身高校のラサールから東大へはストレートで入学しています。

大学卒業後の経歴は通産省・経産省での役職を歴任。近年では内閣府での仕事も務めました。

人物像がまだ知られていない塩田康一氏。高学歴ながら意外にも少年時代の原風景は「徳之島」と、鹿児島の自然への愛着が感じられます。

塩田康一のプロフィールは?

塩田康一氏のプロフィールと略歴を紹介します。

  • 名前:塩田 康一 (しおた こういち)
  • 生年月日:1965年(昭和40年)10月15日 (54歳)
  • 出身:鹿児島県鹿児島市
  • 伊仙町立伊仙幼稚園 (現・伊仙町立伊仙小学校付属幼稚園)
  • 伊仙町立伊仙小学校 入学
  • 鹿児島市立草牟田(そむた)小学校 卒業
  • ラ・サール学園 ラ・サール中学校 入学、ラ・サール高等学校 卒業
  • 東京大学 入学
  • 東京大学法学部 卒業
  • 1988年(昭和63年) 通商産業省(現・経済産業省) 入省(大臣官房企画室)
  • 2013年(平成25年) 経済産業省政策局 地域経済産業政策課長
  • 2016年(平成28年) 内閣府本府地方創生推進室次長
  • 2018年(平成30年) 九州経済産業局長
  • 2019年(令和元年) 経済産業省 退官
  • 2020年(令和2年)7月12日 鹿児島県知事選挙 当選

 

そのほか、趣味などについて

  • 趣味:ドライブ
  • 尊敬する人:西郷隆盛
  • 信条:「人の意見を聞き、行動する」

としています。

塩田康一氏の父親は旧串木野市(現・いちき串木野市)出身、母親は旧川内市(現・薩摩川内市)出身と公表されていますが、結婚や家族については公表されていません。

 

塩田康一氏は、生まれは鹿児島県鹿児島市ですが、父親の転勤によって、幼稚園から小学校に上がるまでの3年間を奄美群島の離島、徳之島で過ごしています。小学校は徳之島のある大島郡伊仙町の伊仙町立伊仙小学校に入学していますが、鹿児島市立草牟田小学校に転校、卒業しています。徳之島に住んでいた期間が3年間ということから、伊仙小学校は入学して間もなく転校したものと考えられます。

 

塩田氏は幼少期の一時期を過ごした徳之島には特に強い思い入れがあるようで、徳之島について、

「少年時代の原風景に浮かぶのは徳之島」

と語っています。また、台風で船や航空機が欠航して物資が不足することもよく覚えているようで、「子供心には暗闇でバーベキューをしているようなワクワク感もあった」という思い出も強く残っているそうです。

塩田氏が過ごした大島郡伊仙町は、奄美群島の徳之島の南西部にある町。徳之島は世界自然遺産「奄美大島、徳之島、沖縄北部及び西表島」の候補地で、自然豊かな島です。気候は亜熱帯性気候に属する温暖な環境。「子宝の島」「闘牛の島」として有名です。

離島での生活の経験から、塩田氏の選挙公約の中には離島に関する項目が大きく取り上げられており、川内原発の問題や再生可能エネルギーの導入促進といったエネルギー政策とは別項目として、離島における “蓄電池を活用した地産地消型再生可能エネルギーの推進、エネルギーの自給率の向上と非常時のエネルギー確保” を掲げています。

そのほかにも、IT技術を活用した遠隔診療など、離島での生活者への意識の高さがうかがえます。

 

 

塩田康一の学歴は?出身高校はラ・サール

塩田康一氏の学歴は、鹿児島市立草牟田小学校を卒業後、私立のラ・サール学園ラ・サール中学へ進学、ラ・サール中学・高校を卒業しています。

現在の偏差値としては、ラ・サール中学は算出した進学塾などによって異なるものの61~63、中には67としているところもあります。これはすべての小学生に対してではなく、私立や国立大学付属の中学受験を目指す一部の小学生の中での偏差値であるため、学力としては相当高いことを示しています。九州地方の私立中学としては、福岡県の久留米大学附設中学に次いで2番目に偏差値の高い中学校となり、西日本有数の名門校です。

なお、ラ・サールは中高一貫の6年制の学校ですが、高校から6年制のコースに編入の形で入学する枠もあり、その場合の高校入試の偏差値は78、近隣県のごくひと握りのトップの生徒しか入学できません。そのため、ラ・サールでは中学の段階から大学受験へ向けたかなり高度な教育が行われていることがわかります。

現在でこそ首都圏を中心に中高一貫の私立学校が増え、中学受験をして難関大学や医学部を目指すという選択肢も広がっていますが、塩田氏が中学受験をした昭和50年代であれば、有名私立中学となると今で言う「伝統校」となり、ラ・サールは開成や灘と並び全国的に有名なトップレベルの中学校で、私立中学に合格すること自体が非常に狭き門でした。

ラ・サールは東京大学など首都圏の難関大学や国立大学医学部医学科への進学実績が特徴で、医学部医学科への進学数・進学率は全国トップレベルとされています。医学部医学科のみ地元の九州大学(福岡市)や鹿児島大学への進学が多いものの、医学部以外では東京大学や慶應義塾大学、早稲田大学など首都圏の難関大学の合格者が多く、九州最難関の国立大学である九州大学よりも東京大学の合格者の方が倍以上多いのが特徴的です。

塩田氏はラ・サール出身で、その後東京大学文科に入学、法学部に進学し卒業しています。公式のプロフィールで主張していませんが、88年に通産省に入省しているので、ストレートで文系最高学府に入学したことがわかります。塩田氏の年代でラ・サール中学に入学、東大へ進学となれば、地元では「神童」だったことでしょう。

ラ・サール出身の著名人はたくさんいますが、やはり真っ先に思い浮かぶのがタレントのラサール石井さん。ビートたけしの「平成教育委員会」で秀才ぶりを発揮していたラサール石井さんは、近年Twitterから政治や社会問題について発信する “ご意見番” として活躍しています。そんなラサール石井さんは塩田氏の10期上の学年になります。

 

塩田康一の出身大学は東大法学部!

塩田康一氏の出身大学は東京大学法学部を卒業しています。法学部の出身ということから、東京大学文科一類へ入学したと考えられます。

東京大学文科一類というと、文系での最難関となり、東京大学では主に医学部へ進学する理科一類に次ぐ偏差値となります。

東京大学では2年生後半から進学振り分けが行われ、学部が決定します。東京大学法学部の場合、卒業後の進路は大学院への進学を除くと、弁護士などの法律家のほか、中央官庁で官僚になるというのが主なコースです。霞ヶ関で官僚となるのは東京大学の場合理科文科を問わず進路として考えられ、逆に言えば、高校生の段階から将来官僚、あるいは政治家を目指すのであれば、東京大学へ進学するというのが最も近道となります。

塩田氏も東京大学卒業後、当時の通商産業省に入省しています。

東大法学部となると、学生時代から将来政治家を目指す目的で、省庁への入省をする人や弁護士になる人もたくさんいます。塩田氏も学生時代には、周囲の政治家を目指す学友とともに過ごしたことが、今回の鹿児島知事選出馬という政治家への転向のきっかけとなったことでしょう。

 

文系最高学府の東大法学部出身者ともなると、真面目に勉強して公務員試験をパスし、キャリア官僚になる人もたくさんいる一方で、キャラが濃く芸能界で通用するような人材も多いのが特徴。

塩田氏は前者の官僚コースの経歴へ進みましたが、東大法学部出身の有名人では、予備校講師の林修さんや弁護士の本村健太郎さん、弁護士で元衆議院議員の横粂勝仁さんなど、本業以外にタレント活動をしている人がいます。そのほか、シンガーソングライターの小椋佳さん、映画監督の山田洋次さんも東大法学部の出身。脳科学者の茂木健一郎さんは東大法学部と理学部を卒業。そしてなんとノーベル文学賞候補だった小説家の三島由紀夫氏も東大法学部の卒業です。

実にバラエティに富んでいますね。

 

塩田康一の経歴は?

塩田康一氏の経歴について、詳しく紹介します。

塩田康一氏は、東京大学法学部を卒業後に現在の経済産業省である通商産業省に入省。中央官庁でのキャリアをスタートさせました。

  • 1988年(昭和63年)4月 通商産業省入省(大臣官房企画室)
  • 1994年(平成6年) 大蔵省(現・財務省)熊本本国局・人吉税務署長
  • 1996年(平成8年) 自治省(現・総務省)大臣官房地域政策室課長補佐
  • 2002年6月(平成14年) 外務省在イタリア日本国大使館一等書記官
  • 2005年5月(平成17年) 商務情報政策局環境リサイクル室長
  • 2011年(平成23年)7月15日 経済産業省鉄鋼課長
  • 2012年(平成24年)6月15日 経済産業省中国経済産業局総務企画部長 中国地方
  • 2013年(平成25年)6月 経済産業政策局地域経済産業政策課長
  • 2014年(平成26年)7月 内閣官房地域活性化統合事務局参事官
  • 2015年(平成27年)1月 内閣府本府地方創生推進室参事官
  • 2016年(平成28年)6月 内閣府本府地方創生推進室次長
  • 2017年(平成29年)7月5日 大臣官房審議官(産業保安担当)
  • 2018年(平成30年)6月20日 経済産業省九州経済産業局長
  • 2019年(令和元年)12月 経済産業省退官
  • 2020年(令和2年)7月12日 鹿児島県知事選挙当選

 

1988年に通商産業省(現・経済産業省)に入省し、2019年に鹿児島知事選への出馬のため経済産業省を退官しました。その間、大蔵省(現・財務省)自治省(現・総務省)での仕事のほか、外務省在イタリア日本国大使館での海外赴任も経験しています。

中央官庁以外に、2012年には経産省中国経済産業局総務企画部長として中国地方(中国経済産業局の所在は広島市)、経産省九州経済産業局長として地元九州地方(九州産業経済産業局の所在は福岡市)の経済の仕事に携わっています。

また、2014年からは内閣府での仕事を歴任しました。

 

現政権時に内閣府の参事官・次長を務めていることからか、塩田氏は知事選出馬にあたり、自民党と公明党に推薦を要請しました。そのほかに、現職の三反園訓氏、元職の伊藤祐一郎氏らも自・公の推薦を要請していますが、自民党と公明党は現職の三反園氏を推薦することを決定し、塩田氏は無所属での知事選出馬となりました。

 

塩田氏の人物像については

  • 口数は少ない聞き役だが、理屈に合わない部分があるとやんわりと、しかし鋭い指摘で反論する
  • 物事をよく知っている
  • 地方創生に強い思いがある
  • 資料から知識を得るより、実際に歩いて情報収集をする
  • 東京からどうお金を引っ張ってくるかではなく、離島を含め地域活性化のための人材を育て、支えるという視点を持つ

ということが挙げられています。口数の少なさと謙虚な姿勢から、周囲からは「覇気がない」と言われることもあるそうです。

経歴としては東京での仕事が圧倒的に多い塩田氏ですが、郷土鹿児島に対する想いは強く、鹿児島県の出身者による “興南研究会” の論集『興南』に、105号(平成28年1月)から112号(令和元年7月)にかけて寄稿を行い、それらをまとめた60頁を超える冊子『地方創生への思い』を公式ホームページで公開しています。

「口数が少ない」「聞き上手」と言われる塩田康一氏ですが、災害の多い鹿児島県の長としては “落ち着いた冷静な判断ができる知事” として期待できそうです。まずは「コロナ対応」に迫られることになりますが、これからの知事としての発言・活躍に期待したいですね。

 

塩田康一は2020年の鹿児島県知事選で初当選!

塩田康一氏は2020年の鹿児島県知事選挙初当選を果たしました。

2020年鹿児島知事選挙:

  • 告示日:2020年6月25日
  • 執行日:2020年7月12日
  • 立候補者:現職・元職を含む7人
  • 投票率:49.84%

 

無所属新人として出馬した塩田康一氏は33.9%の得票率で当選。自民党・公明党が推薦した現職の三反園訓氏(得票率29.8%)、立憲民主党が推薦した元職の伊藤祐一郎氏(得票率20.2%)を破っての当選となりました。

 

 

知事選の結果、現職でも元職でもない新顔の知事のもとでスタートする鹿児島県。コロナ騒動以降、地域によっては都道府県知事の一挙手一投足の活躍に注目が集まる中、新しく鹿児島県知事となった塩田康一氏にも注目が集まりそうですね。

 

塩田康一の経歴は?出身高校はラサール&東大卒の高学歴エリートだった!のまとめ

塩田康一氏の経歴やプロフィールを紹介しました。

「神童」と言える高学歴で、中央省庁での仕事を長く務めた経歴を持つ塩田氏。最初の仕事は “コロナ対応” 、そして台風などの災害シーズンを迎えます。

知事選のマニフェストを見ても「自分語り」の少ない塩田氏ですが、地元鹿児島県には並々ならぬ熱い思いを持った人物です。今後、様々な局面で冷静沈着な対応が期待できることでしょう。

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